浦和地方裁判所越谷支部 平成3年(ワ)28号 判決 1991年11月20日
原告
染谷みさを
同
染谷明夫
同
藤波喜美江
同
染谷英雄
四名訴訟代理人弁護士
山崎和義
被告
春日部市農業協同組合
代表者組合長理事
中島茂治
訴訟代理人弁護士
勝野義孝
小名弦
主文
一 被告は原告染谷みさをに対し金九〇〇万円とこれに対する平成三年二月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は原告染谷明夫、原告藤波喜美江、原告染谷英雄に対しそれぞれ金五〇万円とこれに対する平成三年二月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 第一項は金四五〇万円の担保を供し、第二項はそれぞれ金二五万円の担保を供して、いずれも仮に執行することができる。
事実と理由
第一申立て
原告らは、主文第一、二項と同じ判決を求め、被告は、請求棄却の判決を求めた。
第二事案の概要
一次の事実は、争いがない。
1 原告染谷みさをは、染谷清武の妻であった者であり、原告染谷明夫、原告藤波喜美江、原告染谷英雄は、いずれも清武の子である。
2 清武は、被告との間に、次のとおり養老生命共済契約(以下甲につき「甲契約」といい、乙につき「乙契約」という)を結んだ。
甲 昭和五七年七月五日締結
死亡共済金 七五〇万円
災害給付共済金 二五〇万円
災害死亡割増共済金 五〇〇万円
死亡共済金受取人 原告みさを
乙 昭和六二年八月二八日締結
死亡共済金 三〇〇万円
災害給付共済金 二〇〇万円
災害死亡割増共済金 一〇〇万円
死亡共済金受取人 清武
3 清武は、甲契約と乙契約の各共済期間内の平成二年五月一日午後四時三〇分ころ死亡した。被告は、これにより、原告らに、甲契約の死亡共済金七五〇万円と乙契約の死亡共済金三〇〇万円を支払ったが、甲契約と乙契約の災害給付共済金と災害死亡割増共済金を支払わない。
4 清武は、平成二年五月一日自宅の平家建作業場・物置の南側から発生した火災の消火作業に当たった際、死亡した。医師丸山徹男は、同日清武の死体を検案して、死体検案書を作成し、「死亡の種類」欄の「病死及び自然死」を丸印で囲んで、「死亡の原因」の「直接死因」欄に「急性心不全」と記載した。
二争点
原告らは、清武の死亡が甲契約と乙契約の「災害」による死亡に当たると主張して、被告に、災害給付共済金と災害死亡割増共済金の支払(乙契約については法定相続に基づくもの)を求め、被告は、それが「災害」による死亡に当たらないと主張して、支払いを拒否している。
第三争点の判断
一甲契約と乙契約の各約款(<書証番号略>)には、災害給付共済金と災害死亡割増共済金の「支払事由」として、いずれも「被共済者がこの特約の効力発生日以後に生じた災害を受けた日から二〇〇日以内にその災害を直接の原因とし、共済期間内に死亡したこと」と定められていて、普通約款第二条の三項には、「この約款で『災害』とは、外来の急激で偶発的な別表2の事故による被害をいいます」と定められ、別表2「対象となる事故」には、「事故の分類」の11として「火災および火焔による不慮の事故」が掲げられ、「事故の内容」として(<書証番号略>)、「疾病、傷害および死因統計分類提要」の分類に従い、「住宅の火災による不慮の事故、その他の建物または建造物の火災による不慮の事故、建物または建造物の外における不慮の事故、着衣の引火による不慮の事故、高可燃物の引火による不慮の事故、住宅内で使用されている火による不慮の事故、その他の建物または建造物の内で使用されている火による不慮の事故、建物または建造物の外で使用されている火による不慮の事故、その他の明示された火または火災による不慮の事故、詳細不明の火による不慮の事故」と定められていた。
二清武が死亡するに至った事情について、<書証番号略>、原告染谷みさを本人尋問の結果(以下「原告供述」という)により原本の存在と成立を認める<書証番号略>と原告供述によれば、右の事実を認めることができる。
1 清武は、昭和七年三月三一日生まれで、昭和二九年三月一〇日原告みさを(昭和八年八月二九日生)と婚姻し、埼玉県春日部市大字赤沼一一八〇番地の自宅で桐箱の製造業を営んでいた。自宅の母屋は北方の県道に面して玄関が設けられ、母屋の南方に作業場・物置があって、作業場の南側に接続して屋根だけのおろしが設けられていた。作業場の東方に水道の水飲み場と井戸があり、その東方に車庫・物置があった。また、車庫の約二メートル南方に使い古した風呂桶が置かれて、これに雨水などが溜まっていた。
2 清武は、平成二年五月一日午前八時三〇分ころから、作業場南側のおろしで、桐箱を作る仕事を始めた。また、清武は、朝から、作業場・物置の約一メートル南方に掘った穴で、仕事から出たおが屑等を燃やしていた。清武は、午後一時から三時三〇分ころまで仕事をした後、母屋でお茶を飲みながら休憩し、四時一〇分ころ仕事を始めようとして、作業場に行った。清武は、そこで、おが屑の火が作業場・物置の南側屋根裏に燃え移っていたのを発見し、直ちに「大変だ、大変だ」と大声で叫びながら母屋に戻り、原告みさをを呼んだ。原告みさをは、素足のままその場に駆け付け、清武と二人で、水道の蛇口からバケツで水を汲みながら、火を消そうとした。清武が大声を出したので、間もなく近所の人三人が駆け付け、五人がバケツのリレー式で水道と風呂桶の溜り水から水を汲み、作業場・物置の南側屋根裏などの火を消そうとした。清武は、先頭で火に水を掛けたりしていたが、突然水道の約二メートル南方辺りでうつ伏せに倒れた。火が消えそうになったころ、近所の人が、「大変だ、おやじさんがどうかしちゃったので、あちらに連れて行かなければ」と言い出し、清武を助け起こして、清武を母屋と車庫の間の庭まで移した。「どうした、どうした」と声を掛けたが、清武は、何の反応も示さなかった。消防車が来て、消防士が清武に人工呼吸を施し、約一〇分後に救急車が来て(午後四時四二分出場)、直ちに清武を春日部市立病院に搬入した。火は、作業場・物置の南側屋根裏などを燃やしただけで、消し止められた。
3 清武は、病院で死亡が確認されたため病院から春日部警察署に移送された。丸山医師は、死体を検案して、死亡時刻を「午後四時三〇分」(<書証番号略>には「頃」の記載がない)とし、直接死因を「急性心不全」としたが、「発病から死亡までの期間」は「不詳」とした。清武の死体には、額に上が五センチメートル、下が三センチメートルの傷があり、左の首筋から顔にかけて掌より小さ目の黒い痣ができていた。
三証人三宅早苗の証言(以下「三宅証言」という)によれば、「被告は、平成二年六月二八日、原告らから災害給付共済金と災害死亡割増共済金の支払を請求されたが、その支払につき、上級機関の埼玉県共済農業協同組合連合会と全国共済農業協同組合連合会との間で協議を行い、その結果清武が『災害を直接の原因として死亡した』との事由に当たらないとして、これを支払わないこととした」事実を認めることができる。
三宅証言によれば、「全国共済農業協同組合連合会では、直接性の要件を厳格に解釈している。清武の死体検案書に、死亡の種類が『病死および自然死』とされ、死亡の原因が『急性心不全』と記載されていたので、外来性がなかったし、外傷もなかったので、病死と判断して間違いがなく、判断に迷う事案ではなかった。直接性の要件を満たしていなかったことは明らかである」というのである。
四しかし、連合会と被告の判断には様々な疑問があって、その判断に誤りがなかったとは言い切れないのであり、その理由は次のとおりである。
1 被告は、死体検案書の記載事項を唯一の拠り所としている。三宅証言によれば、「平成二年七月に調査をした。急性心不全について、その原因を調査した」というのであるが、「清武には左顎に傷があっただけで、病死と考えるほかなかった。清武は、それまで高血圧の治療をうけていたが、それが急性心不全の原因かどうかまでは分からなかった。死体検案書の判断と違う判断を下すケースはほとんどなかった」というのであるから、被告と各連合会は、清武の死因についてそれほど詳しい調査をしたのではなかった。
2 医学大辞典(発行所株式会社南山堂)によれば、「心機能不全、循環機能不全、収縮力減退など心臓自体に障害があって、心臓、末梢血管系を経て全身の臓器組織へ必要な量と質の血流を循環しえなくなった状態を心不全という。弁膜症、高血圧、冠状動脈硬化、心筋梗塞などあらゆる心臓疾患の末期の症状である。心不全の出現の仕方により急性心不全と慢性心不全に分けることができる。前者は心停止、心室細動、心室頻拍、心筋梗塞、心臓喘息などの場合にみられる。心不全を起こす要因があっても直ちに症状を現わすとは限らない。これは心臓自体あるいは心外性に多くの代償機序が働いているからである。その場合でも運動、感動その他のストレスによって容易に代償不全の状態に陥る」と書いてある。
3 原告供述によれば、「清武は、中肉中背の健康な男子で、昔から身体の具合が悪いところはなかった」というのであるから、三宅証言の「それまで高血圧の治療を受けていた」というのは、どの程度のものであったのか、分からない。清武は、五月一日も午前八事三〇分ころから仕事に掛かり、午後には一時から三時三〇分ころまで仕事をして、約四〇分の休憩を取り、更に仕事を続けようとしたのであるから健康状態は普通であって、仕事に支障が生ずるようなことはなかったと見てよい。そして、清武は、消火作業をしていた時に突然倒れ、間もなく死亡したのであるから、これを自然死であったと見ることはできない。
4 丸山医師は、死体検案書に、死亡の種類を「病死」と記載し、直接死因を「急性心不全」と記載した。しかし、丸山医師は、死体検案書に、急性心不全の原因については何も記載せず、発病の時期について不詳としたのであり、心不全は、あらゆる心臓疾患の末期の症状であるから、急性心不全と検案しただけでは、清武の死因を的確に指摘したことにならない。その死因を医学的に究明するのには、死体を解剖して諸臓器の状態を詳細に検査することが必要であったのであり、これをしなければ心不全の発生機序を解明することができなかったはずである。
5 死体検案書の「死亡の種類」欄には、「外因死」の項目があったが、丸山医師は、これを丸印で囲まなかった(<書証番号略>)。三宅証言は、この点を拠り所にして、清武の死因は「病死」にほかならなかったと強調している。死因として何らかの病名が付されるのであれば、急性心不全を死因としたことを不当であったということはできない。問題は、そのことで最早「火災による不慮の事故」には当たらないと言い切れるかどうかである。清武に高血圧の症状があったかどうかは明らかでない。たとえそれがあったとしても、清武は、午後三時三〇分ころまで仕事をし、四時一〇分ころから仕事を続けようとしたのであるから、高血圧症が自然的経過によって憎悪し、それが清武の心不全を出現させたとは認めることができない。清武は休憩して安静な状態を取り戻し、次の仕事に取り掛かろうとした矢先に、作業場・物置の屋根裏におが屑の火が燃え移っていたのを発見し、驚愕して原告みさをを呼んだうえ、慌てふためいてバケツで水を汲みながら火を消そうとしたのであるから、短い時間内での激しい精神的衝撃と急激な身体的動作が清武の心臓の機能に過大な負担を掛け、それが心不全の症状を出現させるに至ったと見るのが合理的である。
6 清武の死亡は、急激で偶発的に発生した不慮の事故であった。また、それは自然的経過を経て生じたものではなかったのであるから、外来のものであったと見ることができる。三宅証言では、「事故死と病死は、原因が内因性か外因性か、つまり外傷があるかないかで判断する。清武には左顎に傷があっただけであり、死因が急性心不全であったから、病死と考えるほかなかった」というのであるが、「目に見える外傷による死亡のときに限って外来性を認め、目にみえないショック等による死亡はすべて心因性のもので、外来性を認めない」という解釈には賛同し難い点がある。目に見えないショック等による死亡の場合でも、それが原因をなした事象との間に相当因果関係があると認めることができる場合には、その原因をなした事象を「外来的なもの」に当たると見るのが相当である。したがって、清武は、住宅以外の建物の火災による不慮の事故により、その事故を直接の原因として死亡したと認めることができる。
第四原告みさをは、甲契約の災害給付共済金と災害死亡割増共済金の七五〇万円を、原告四名は、乙契約の災害給付共済金と災害死亡割増共済金の三〇〇万円を法定相続分に従い、請求することができる。訴状は、平成三年二月七日被告に送達された。原告らの請求は正当である。民事訴訟法八九条、一九六条を適用する。
(裁判官加藤一隆)